U〜新月騒動〜
ごちゃごちゃした日々は、やっぱりどこまで行ってもごちゃごちゃのまま。
「初めまして、ファル・ノビルニオと申します。いきなりお呼びして申し訳ございませんでした」
よく分からないうちに、よく分からない所に来てしまった。
早く状況理解がしたいので黒服金髪の男、もといファル・ノビルニオを質問責めにしてみよう。
「あんたがファル・ノビルニオってことは…じゃあここはイギリスなわけか」
「ご察しの通り」
「何のために手紙を?」
「お送りした内容の通りですよ。読まれなかったんですか?」
「いや読んだけどさ」
ファル・ノビルニオは微笑みながら落ち着いた様子で答える。
「では何でも屋さん。お仕事をお願いしてもよろしいですか?」
「ちょーっと待って」
キョウタがパーカーのポケットに右手を突っ込んでいた。それはあいつの警戒態勢でもある。
「よく分かんない人にはホイホイ付いてけないよノビルニオさん?」
「あぁ、確かにそれもそうですね。失礼いたしました」
ファル・ノビルニオは微笑みを絶やさない。
見るところ人当たりは良さそうだし、見た目だけは悪人には見えない。ただ俺には引っかかってならないことがあった。
「つーかさぁ……あんたただの人間じゃないだろ」
さっきのワープまがいな体験をしたあとでは、そんな言葉しか言えない。ところがその一言に彼の微笑みが揺れたように見えた。
「何を…」
「あーれれ、図星?」
「……」
キョウタはその反応に興味を持ったらしく、やたらと楽しそうに問い詰めだした。
「人間じゃないの?」
「私は…人間ですよ」
「じゃ、さっきのは何?」
「さぁ?」
「誤魔化すの?怪しいなぁ」
「そう言われましても」
はぐらかすように答えるファル・ノビルニオを逃がさないとばかりに質問を続ける。
ああなると俺では止められないんで困りもんだ。今回止める気ないけど。
「あんな事出来るってことは魔法使いだ!」
「いいえ。だから人間ですって…」
キョウタの笑顔が深くなる。
「―――もしかして、神様、とか?」
「………」
「そーいえばノビルニオって新月って意味じゃなかったっけ」
ファル・ノビルニオが言葉を続けないのは呆れて物が言えないというわけではなさそうだった。
「――あなた方にはかないませんね…」
彼は大きくため息をつくと、初めの微笑みとはまた違う微笑みで言葉を繋げだす。
「観念しましょう、あなたの言うとおり…私は新月の神です」
「やっと正体不明じゃなくなったね♪」
キョウタはパーカーのポケットから右手を出し満面の笑みを見せた。
やれやれ、と思ったと同時に重大な忘れ物に気付いた。
「あ、俺ら…自己紹介してない」
「完全に忘れてたね〜」
彼を問い詰めるのに夢中になっていて、これでは自分達が彼にとって正体不明の存在だ。
「えーっと…遅くなりました、俺の名前はコヒメです」
「僕はキョウタ。ちなみに2人とも18歳でーす」
今更だけど俺ら失礼すぎたな…。
「ではコヒメさん、キョウタさん、お仕事を頼んでよろしいですね?」
「キャントって人に料理教えればいい?」
「はい。お願いします」
「じゃあキャントさんの所に案内してもらうか」
まずキャントとか言う人がどれほど料理下手なのか調査だ。
街中に入り少し歩くと、なるほど確かにイギリスっぽい建築様式の家に着いた。
「では早速おじゃましまーす!」
「待て待て待て!ノックは?呼び鈴は?!突然入ろうとするな!!!」
いきなり他人の家のドアを開けようとするキョウタを止める。しかしアイツは動きを止め、俺をちらりと見てからドアを躊躇なく開けた。
「あ!そこにいると危ないです!!!」
ファル・ノビルニオの慌てた声。
ガゴン!!!
鍋が、玄関の奥から思い切りキョウタの顔めがけて空を飛んできた。って何でだよ!!?
「キョウタ大丈夫か!」
「何コレ鍋?どっから飛んできた?」
当の本人はちっとも驚いていないし、ダメージも無いらしい。
よく見れば右手にキョウタ愛用の小銃が握られている。どうやら銃身で鍋を弾いたようだ。…銃弾で、じゃなくて本当によかった。
「あら、ファルじゃないじゃないの。しかも誰にも当たらなかったみたいね。私の腕も鈍ったわ〜」
飛行鍋発生源から女の人が現れた。多分40代くらいだろう。明朗とした話し方。悪い印象は受けない。
でも「投げるのがちょっと早すぎたかしら?」とか言っているのを聞くところ、キョウタと同種だ。絶対そうだ。
「キャントさん…危ないから止めてくださいって言ったじゃないですか!」
「何言ってるのよ!歓迎してるのに」
「他の方法なんていくらでもあるでしょう!?」
どっかの誰かと似たようなやり取り。理解した。ファル・ノビルニオも苦労人である。
「あーっと、料理はキョウタの得意だろ。お前が担当でいいな?」
「いえす あい どぅー いっと!」
「やっぱ俺もやる」
そーゆーワケで依頼主には待機してもらう事にした。
開始数十分後。
「キャントさん!鍋置いてないときはコンロの火止めて!!!」
「いやぁ…さすがにラーメンとカルピス一緒に飲まないでしょ」
「これ入れたら美味しそうよね!!」
「ちょ!!!今何入れた?!」
「分からないわ」
(よく分かんねぇもの入れるな…!)
料理下手というのにランクがあるとしたら彼女のセンスは五つ星だ。凄まじい事この上ない。
とりあえず、「よく分からないものは調べてから入れる」という決まり(?)だけ覚えてもらった。
「出来るだけの仕事はしたから!報酬下さいなー」
「有難うございます。お代はこれでよろしいですか?」
ファル・ノビルニオは笑顔で3枚の短冊のような白い紙を差し出した。キョウタは受け取る素振りを見せないので俺が受け取る。
「これは?」
「次元移動の呪がかかったものです。作り置き最後の3枚ですが」
「へー…次元移動…本当に出来んのか?」
「その紙に行きたい場所を書いて、手に持ち念じれば行けます」
「じゃあやってみようよ!」
またいつの間にかキョウタは依頼の手紙を持っていた。送り主の住所《ベーダ界》を書き写している。
「はい、手乗せて!」
コイツはどうしてこうも非常識なんだろうか…。
――ごちゃごちゃした仕事は、まだ始まったばかり。