※このお話はmoon star and windの龍白さん作小説「翡翠ノ眸」とC・Lのコラボ小説です。※
琥緑ノ眸
―クロクノヒトミ―
所謂、次元の歪み、神隠しと言うやつだ。次元移動を試みる際、ふとした拍子に本来繋がっている筈の道が外れ、繋がっていない道と繋がってしまった結果あらぬ場所へ行き着いてしまう、この世界では割とよくある現象である。
「いや、だからってこれは…」
退廷行く予定だった場所の隣町とか、隣国とかそんな程度なため直ぐに融通がきく。極稀に次元そのものが違う界域へ行ってしまう事があるが、名も知らぬ次元へ行き着く事はまずない。しかしそれがあくまで“まずない”であって“絶対にない”ではないのだと帝釈天は身を持って思い知ることとなった。
「■…■■……駄目だ読めん」
■■ ■■■■■ ■
錆び付いた看板に書かれた文字は遥か昔に微かに見た覚えのある異国の文字。しかしその文字がどこにある何と言う名の国のものなのか、はたまた何と言う次元のものなのかと言う知識は、帝釈天の悩内に存在していなかった。
要するに、迷子。
しかも半端なく危機的状況の迷子であった。
(あの字が読めなかったって事はあの言葉は俺の使う言語と違うって事だ……)
だらだらと柄にもなく冷たい汗が背中を伝う。その最中、横を通り過ぎる者達が不審な目で帝釈天を見て行き、同じように帝釈天も目を細めて擦れ違う者達を見た。
(何だあの格好……)
見た事のない服。心なしか生地も帝釈天の着物とは異なるもののように思える。
(最悪だ)
ここ数年で一番と言えそうな程のため息が帝釈天の口から漏れた。取り敢えずこの地から脱出するため、他人に見られてはまずい事をする事にし、帝釈天は裏路地に身を潜めたのであった。
裏路地に入ってかれこれ半刻程。帝釈天は肩で息をしながら自嘲にも似た笑みを薄く開いた唇に浮かべていた。
「どう……なってるんだ……」
汗ばんだ掌を睨むようにして見ながら壁にもたれ掛かる。所々血さえ滲み出しているのに次元移動の術が発動しないとは何事か。
「この国は次元移動が禁止ってか?」
そんな規則じみたもので個人の術を封ずる事が出来よう筈もないが、しかし今まさに帝釈天は術が使えない状況に陥っている。名も知らぬ、見た事も聞いた事もない文化を持つ異国の地で、一人、帰る術はないと来たらいくら大の大人と言えど不安は過ぎると言うもの。帝釈天が深呼吸をし、気を落ち着かせる事に専念しようとした、その時―――
「―――何だ、あれ……」
聞き慣れぬ少年らしき声が聞こえた。いや、この次元において聞き慣れた声がする事は決してないがそれ以前の問題に帝釈天は素早く身構える。
この次元の者から同種の気配はしない。しかし妖の気配もしない。と言う事はこの次元の者は皆“人間”であると言う事だ。神気、神力、妖気、妖力、それらを知らぬ人間がそれを目の当たりにし混乱を起こさぬよう、帝釈天はわざわざ裏路地に隠れたと言うのに見られたのでは意味がない。
血の滴る手の痛みに眉を寄せながら、帝釈天が“記憶封じ”の術の呪文を唱えようとした、又してもその時―――
「なんだ今の!!何した!?やべーすっげー!カッコいい!!!」
目茶苦茶褒められた。
「何!?何したんだ!?さっきのパァって光ったのは何だ!?いきなり風吹き出したしっすっげーな!!」
ものすんごく褒められた。
「ん…あれ?何だよ黙って……もしかして引いたのか?いや…あんまりにも凄かったからつい」
はっとして少年が気まずげに目をそらす。その頬に冷や汗が一筋流れ落ちたが、帝釈天は己にとって余りに場違いな言動に呆けて言葉を失っていてそれには気付かなかった。
「お……おーい?」
少年が本格的に冷や汗を流し始めてやっと帝釈天は意識を取り戻す。それに気付いたのか少年は安堵したような、しかしどこかよけい気まずそうな表情をしながら、頬をかいた。
「あの―――」
「言葉」
「は?」
「何故通じる……?」
帝釈天の声に少年が呆けた声で返事をする。帝釈天は少年の方へ歩み寄ると、驚いたのか後ずさった少年の肩を掴みその琥珀色の眸に問い掛けた。
「ここはどこだ?」
「へ!?なんだって!?」
「どこだと聞いている」
「どこって■■だけど」
「■■?分からんな……質問を変えよう。お前は何だ?」
「はぁ!?」
漠然とし過ぎている質問に少年が帝釈天の手から逃れようともがき出す。帝釈天が手を離すと少年は物凄い勢いで帝釈天から距離を取った。
どうやら引かれたらしい。
「お前―――」
「こ、今度は何だよ!?」
「………俺の格好を可笑しいとは思わないのか?」
「は?」
又しても呆けた声を上げて少年の眸が帝釈天の頭から爪先までを綺麗に辿る。その眸が帝釈天の眸とかちあう頃には少年の眸は数分前と同じ色をしていた。
「すっげー何その服!?色が単調すぎて気付かなかったけど、俺らのとぜんぜん違う!!」
又しても褒められた。
「………この国に俺と同じようなのを着た者はいるか?」
「いや?初めて見たけど……」
「そうか」
少年の向こうにある錆びた看板の字はやはり読めず、少年の着る服も先程見た妙な服と同じ型、同じ生地であるのは見てとれる。帝釈天は嘆息すると、なんとか“らしい”笑みを浮かべながら少年に言葉を投げた。
「頼みがある」
これが言葉のみが通じる異界、異次元、異世界での、琥珀の眸との出会いであった。