「ぼくは流れ星がほしい。用件はそれだけです。なにもむずかしくないですよね」
鬱陶しいくらい無邪気に見える笑顔は突きつけた銃との距離を一歩ずつ詰めても変わらなかった。
その距離をゼロにしたら少しは歪ませるかと思ったら、視線を僕に移しただけで表情はそのままだった。
コヒメはコヒメでスイッチが切れたみたいに動かない。よく見ると銃を握り締めたその手は震えている。
「流れ星だかなんだか知らないけど僕をモノみたいな扱いしないで。大体そんなこと僕も僕の相方もイエスの返事返すワケないよ」
「――なぁ、もう…もういいだろ」
「…なんですか?」
本当は最後に、ナメんなクソガキ、ぐらい言うつもりだった。でもそれを遮るようなタイミングでか細く震えたコヒメの声が聞こえた。
聞き取れるかギリギリの声はホンシーズまで届いてなかったらしい。
「で…でていってくれ…無理なんだそんなこと……」
「どうしてですか?」
「これだって返す、頼むから帰ってくれよ!」
コヒメは早足で引き出しの前まで行って、深緑のブローチを乱暴に掴み、まだ震えた手でホンシーズの膝に置いた。
「これでは足りないと?それともお気にめしませんか」
「そういう意味じゃない」
「ではなにが」
「物と人を引き替える事は出来ない、そう言ってるんだ」
ホンシーズが首を傾げる。その動作は普通だったらカワイイといえるんだろう。あくまで、普通だったら。
「なら物ではなく人と人ならいいでしょう?」
「それも無理に決まってるだろ!当たり前の事だ!!」
さっき切れてたスイッチが入ったようにコヒメの声が大きく、いつもより低く響いた。
「たった18年でもな、生きてきて分かったことがあんだよ!お前は知らないだろ!昨日までここにいた人が突然いなくなったときどんな気持ちになるか!!
どれだけ一緒に無くすものがあるか!!!どんなに大きな穴が開くか!!!お前には分からないだろ!!?」
言葉と思いの洪水。肩で息をするコヒメは泣きそうな顔をしている。
ホンシーズはずっとキョトンとしてコヒメを見ていたが、膝のブローチをスーツの内ポケットに仕舞って立ち上がった。
「えぇ、まったく分かりませんよ。なぜ1人の人間にそこまでしゅうちゃくするのか」
薄く笑ったその表情は子供らしさなんてものはどこにも見当たらない。
背筋が凍るような、とか言えば伝わるだろうか。優位に立ってるのは僕の方なのに。
「頭に銃突きつけられてんの忘れてない?」
自分の立ち位置を確かめるように、ホンシーズに問いかける。
「わすれてませんよ。でもあなた、うつ気ないでしょう?」
銃身を一瞥してから僕を嘲笑うように見た。ここまで来ると憎たらしいとしか思えない。
殴ったらダメかな。これだけイライラするのも久しぶりなんだけど。
「…さて、ここまでお話して分かったことは1つ。交渉決裂、ということですか」
「あーもうソレについてはちっとも異論ないよ」
初めの方の無邪気さはどこに行ったのか、薄氷の笑顔を浮かべコヒメを見てから目だけを僕に向けて、憎たらしさの塊は継いで言った。
「それはわれわれゾディアックへの宣戦布告と取っても?」
今日、いや人生で一番イラッと来たかも。バックちらつかせて僕がビビるとでも思ってんの?調子乗んなよガキが…と思ったけどそれは飲み込んで。
「宣戦布告なら僕からキミにしてあげるよ。ってか会社ぐるみでこんなことするヒマあんの?」
「会社ぐるみでやりますよ、じんいん確保のためにやってるんですから。それとぼくにするならイコールでゾディアックへの宣戦布告になりますが」
「……意味分かんない、なんでそーなるのさ」
氷がどんどん分厚くなっていく。空気を伝って冷気が襲ってくる。哀れみの視線が僕へ向けられた。
「それは、ぼくがゾディアックの司令塔だからですよ」
「…司令塔?」
「平たく言うと“社長補佐”みたいなものです」
「――だから何?権力ひけらかしても変わんないよ。僕はキミの下に付くつもりなんてこれっぽっちもない」
またスイッチの切れたコヒメを自分の後ろに立たせて、啖呵を切ってみせた。
ホンシーズは、あからさまにイヤミな顔をして頭に突きつけられた銃身を掴んだ。
「いいどきょうをお持ちで」
「それはコッチのセリフだっての」
言葉で牽制し合って火花を散らす。お互いに言いたいことを口にしないもんだから言い争いにもならずラチが開かない。
多分、会話的思考回路が同類なようだ。
「いいでしょう、今日のところはかえります」
恨めしげに、掴んでいた銃身を離して玄関に歩き出した。僕は解放された銃の照準をその頭に合わせる。彼は僕らに背を向けたまま扉を開けた。
「なに、また来る気?諦め悪いね」
「しばらくはあなた方がぼくの顔を見ることもないでしょう」
「ホントにそうなら凄く嬉しいけど」
言い終わらないうちにホンシーズは玄関の外に出た。
扉の隙間から、いつの間にかコッチを向いていた悪意と憎悪の視線がぶつかった。ゆっくりと扉がそれを遮った。
「次にお会いするのをたのしみにしていますよ」
姿の見えなくなった彼の声は最早別人の響きに聞こえてならなかった。