なに言ってんのって、考えすぎだよって、茶化してくれたら良かったのに。
こんな時だけ真面目にならないでくれよ。本当に気が利かないやつだな。
「どうしてそう思うのコヒメ」
「名前…お前の名前」
「なまえ?」
「漢字、暁の蛇って書いて暁蛇(キョウタ)だろ」
キョウタは黙って頷く。俺は玄関のドアにもたれかかる。
「知ってるか、蛇って字は“星”を意味するんだ」
「…暁の、星……。いやでもさ!」
「勿論それだけじゃない」
半分開いた口からは、待っていても言葉が零れてくることはなかった。
何か言おうとしているのか、驚愕して口を閉じる動作にまで気が回らないのか、それとも他の理由なのか。
俺にはそれを知る余地も能力もない。
「さっき自分で言ってたよな。昔よくイタズラで水鉄砲やガスガン使ったって」
「そうだね。コヒメも覚えてる?」
思い出話をするようにゆったり答える。このまま違う話にもっていけたらどれだけいいか。でも、逃げてはいられない。
「なぁお前、俺が引っ越した後も悪戯にガスガン使ってたんじゃないか。俺がやったやつ」
「使ってたけど…」
「やっぱり……それだ。そのせいだ」
8歳の時、俺はこの街から親の都合で離れた。今は俺もキョウタも18歳。
その10年の間、キョウタがあの腕前で街の大人を相手にしていたとなれば、さぞ質の悪い悪戯坊主として名を馳せたんだろう。
そのうえ、いつからかは知らないが『何でも屋』を始めている。そんじょそこらの悪ガキで済むはずがない。
「お前はこの街で狙撃手として一番有名だ。間違いなく。shooting――射撃の、star――花形、なんだよ」
「…考えすぎだって…なんて笑ってらんないね」
軽く微笑み受け答えるあいつは俺の願いを悉く切り捨てる。背中に伝わる扉の冷たさが分からなくなってきた。
俺はどうしたらいいんだ。なにを、どうすれば
「さーてと、コヒメ退いてくれる?」
その声を理解した時には既にキョウタの左手はドアノブを掴んでいた。貼り付けた微笑み。右手はポケットの中。
「どう…したんだ?」
言動が理解できず、心意を問おうとしたのに声がいつも通りに出ない。
雰囲気で肺が押し潰されそうになる。気付けば俺の足はドアの前から離れていた。
「コヒメも準備しといて」
準備って何の、などと訊く間もなくあいつの右手がいつもの銃を連れてポケットから姿を現す。
俺にもそれを構えろと言葉無しに言っている。
どうすべきが最善かと頭が考えている最中、右手は黒い引き金に指を掛けてしっかりと握っていた。
それとキョウタがドアノブを回したのは同時だったように思う。
「おかえりなさい」
瞬間、ドアの向こう、つまり部屋の中から声がした。記憶に新しい、幼い少年の、声。
姿を確認しようと中がみえる所まで移動するとドアの隙間からリリが駆け出て来た。足元の彼女には傷一つ無い。無事のようだ。
顔を上げると部屋の真ん中にある正面を向いた椅子に座る黒い影がいる。
「今日のご用件は?内容次第では手荒いマネさせてもらうよ」
右手を真っ直ぐ彼に向けるキョウタの表情に戦慄を覚える。ただ、笑っているだけの笑顔。あまり機嫌の良くない証拠だ。
「まぁまぁおちついてください。今日は様子をみにきただけなんですから」
キョウタの後ろからようやくハッキリと黒い影を見た。そこにいたのはやはりあのブローチの少年だった。
似合っているような吊り合っていないようなサイズの少し大きい黒のスーツを着ている。
「キミは誰?さっきのアレ何なの?何がしたいの?」
キョウタが部屋に入り、俺も後に続く。少年は組んでいた両手を膝の上に乗せた。
「知りたがりなんですね。いいですよ、すべておはなししましょうか」
少年の笑った顔は年相応に美しかったが重い空気が伴っている。
「まず『きみはだれ』でしたか。そうですね…ぼくは“ホンシーズ”と申します」
「そう、よーく覚えとくよ。で?次は『さっきのアレは何?』だけど」
「あれはぼくのいないところでかってに動いたバカ者らですので、はあくしかねます。その荷物もカラでしょうし、しょぶんしてくださってかまいません」
キョウタも少年 ――ホンシーズ、と言う名前らしい――
も、お互いに微笑みながらの会話なのに和やかさなど欠片も漂っていない。
張り詰めるばかりの空気。
「…今回のはあんたは関与してないって言うわけか」
「ええ、まったく。うちのごくつぶし共が失礼いたしました。使えないくせに、てがらのことばかり急いで…おはずかしいかぎりです」
俺の問いにも、ホンシーズは表情を少しも変えずその姿には似つかわしくない事をサラリと言い放つ。
…俺なんかが相手に出来る輩ではない。
「さぁ最後の質問だよ。『何がしたいの?』何が目的なの?」
「目的なんてきまってます。わかるでしょう?流れ星ですよ」
ホンシーズが微笑みを深くしてキョウタから視線を俺へ変える。明らかに俺に向けての言葉だった。
「やっぱり……そうなんだな…?お客――いや、ホンシーズ、お前の欲しがってる流れ星ってのはキョウタなんだな?!」
「わかっていらっしゃるなら早いはなし。流れ星をぼくにください」
口だけ弧を描いた笑顔と一緒にホンシーズはきっぱりと言い捨てた。
当たり前のように人を人と見ない態度に苛立ちが募る。
俺に向いている忌々しい笑みを撃ち抜いてやりたいけれど肝心の手が言うことを聞かない。
こんな喧騒は生きていくだけで精一杯な俺には荷が重すぎる。
あぁまた分からなくなる。
俺は何を、どうしたら
どうしたら
なにかが
始まってしまった
賽は投げられた
戻る道は 閉ざされた
銃を握り締めた右手に力が入ったのは誰かに縋りたくてだったのかもしれない。