突然立ち止まったから、また疲れたと抗議しだすのかと思った。険しい顔で下を向くコヒメは何か呟いている。

「ゾディアック…まさか、な…そんなこと……」

声が僕まで届ききらないのは息が上がっているからだけじゃない。

「――なんか気付いたことでもあるの?」

僕の問い掛けに応えるみたいにコヒメは顔を上げて、小声で続けた。

「行ったら駄目だ。ここから来た道、通らず帰れるルート、分かるか」
「分かるけど…なんで?」
「分かるならなるべく早く。歩きながら言う」
「了解」

つられて小声で返事をすると、珍しく僕を急かす。そうとう大事なことらしい。

「考えすぎの疑心暗鬼かも…わからない、けど」
「気付かないマヌケよりだいぶマシ。言って」

暗い声と暗い顔。こんなコヒメはあんまり見ないのに。

「まず、追っ手がついて来ないのはビビったんじゃない。考えてもみろ、14人いたときだって、あんなにしつこかった。4人しかいないなら、尚更のはずだろ」
「まぁ確かにね」
「多分目的が違うんだ。荷物を奪う為に追ってきたんじゃない」

呼吸が落ち着いてきたコヒメが小さな声で、強く言った。狭い道に少し響く。

「じゃあ誰が何のために」
「ゾディアックが俺達を監視・誘導するため、だと思う」
「…ミスしたり迷ったりしないように関係無い道を塞いで追い立ててる…って感じ?」
「だろうな」

もしもソレが本当ならさっきの追っ手が黙ってないだろう。今既に大分逸れたルートを歩いてる。
そう思っていた矢先、何人かの足音が近くなってきた。

「早いトコあの人らを撒こう。コヒメ走れる?」
「…意地で走る!」
「よし、今日ばっかりはドコ通っても怒んないでよ!」

角を曲がった瞬間、低い塀を飛び越して走る。どこの庭だか分かんないけど、ド真ん中突っ切って行く。
そのあとベランダよじ登って、屋根に飛び移ってその上を全力疾走。コレで大抵のヤツらはついてこれなくなる。

「これならそうそう付いてこないよ♪」





後ろからコヒメの声。

「くおらぁあ!俺も、ついて行けねぇよバカ!!」

こんな大声、今日の仕事の始めぶりに聞いたや。

「またまたぁ。ちゃんと付いて来れたくせにぃ」
「ギリッギリだ!!!…それより、さっきの続きだけど」

後ろを気にしながら話を続ける。コヒメの顔がまた険しくなりアタッシュケースを指して、一層小さく言った。

「もしかしたら―――流れ星を探してんの、これ絡みかもしれねぇぞ」
「それこそ何を根拠に?」
「ここ、よく見ろよ」

コヒメはアタッシュケースの鍵部分を二回軽く人差し指で叩く。僕の持ってるのの、同じ場所をじっくりと見てみた。

鍵穴の周りに ――なにかの模様、いや紋章?―― 何匹か動物が彫ってある…。

「……!!」
「見覚えあるだろ」
「あの…ブローチ…」
「俺もさっき気が付いた」

小さなお客様が置いていった“前払い”の深い緑色を思い出す。

「あんな小さい子使って…ゾディアックならやりそうなコトだけど」
「あのお客、指示通り動いてただけだから、あんなに落ち着いて見えたんだ。無事か気になるな」
「今くらいは自分の心配しなよ。さ、そろそろ屋根降りて大通りから行こう」

いつまでも屋根の上じゃ逆に目立つ。人通りの多い道で通行人に紛れちゃえば尾行も出来ないハズ。

「それにしても信用されてないなぁ、あんな鬱陶しい誘導役が出て来るなんて」
「寄り道されたくないんだろ。こいつが沢山人の目についたら狙われる」
「だったらなんで僕らに頼んだのかなあ?」
「そりゃ会社外の人間動かした方が敵対社にバレにくいから……?」

相棒はまた下を向いて考え出した。今度は歩き続けているけど、顔に影が落ちてるのは変わらない。

「だったら流れ星の話は何なんだ…おかしいだろ!」
「どーして?」
「前頼んだ仕事が終わってない所になんか、同じ会社が別の新しい仕事入れるか?!しかもそれ程大事な!!」
「入れないね、普通なら」
「“流れ星”を俺達が見つけたと思ったのか?何の報告も無しに?」

その後コヒメは何かを呟きながら早歩きになったり遅くなったりを繰り返した。言葉のカケラだけ聞こえる。きっと“流れ星”の正体を考えてるんだ。

「流れる星、彗星、…星?…惑星、犯人、運命…」

もうちょっとで家に着くのに、完全にマイワールド突入中だよこの子。

「ねぇコヒメ、部屋でゆっくり考えよう。僕らが気付いてないだけで、ホントはもう持ってるモノが“流れ星”だって可能性もあるっしょ?」
「持っている物が…?」
「だったら小さなお客様が伝えてるかもしんない。だから運び屋ついでにせびり取るつもりだったとか!」

もしそうならいつも持ってるモノだ。僕の推理もイイ線行ってんじゃない?とか自慢げに言ったら、コヒメは玄関前で立ち止まってしまった。
肩を押しても微動だにしない。

「え、僕なんか今怒るようなこと言った?」
「…もう分かってる物、いつも持っている物、流れ星、shooting star…!?」
「なになに!分かったの?!…おーい?」

止まったままのコヒメの、表情だけが段々変わる。それも暗い方向に。

「くださいって…俺に言った……のか?」
「コヒメの大事なモノ?…ぁ、もしかして!こないだ買った銃?そーいや星のマーク付いてたよね!」

紅帽子の門番から受け取った黒い銃はコヒメのお気に入り。
しかも奪われて悪用されたらあの紅帽子に何されるか分かったもんじゃない。コヒメも青くなるハズだよ。

「そんならあげられないねぇ…コヒメの大事な「ちがう…ちがうそうじゃない…!」

これまでにないくらい、コヒメの声が震えてる。

 

 

 

 

 

 

 

「あいつらが、ほしがってる、“流れ星”ってのは――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――キョウタ、お前の事だ」

 

 

 

考えすぎの疑心暗鬼だと笑ってくれよ

 

 

 

堅く閉じた口から、相棒の縋る声が聞こえた気がする。

 

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