「流れ星ってなんだと思う?」



リリを構っていたら何の前触れもなくキョウタがいすに座りながら問いかけてきた。

「辞書的に言うなら“微小な天体の破片などが大気中に突入して光るもの”だな」
「それだと隕石だよね」

しかし依頼人の彼を思えばそれを求めているとは考えにくい。
考える事に夢中でリリを撫でる手を止めていたら、リリは飽きたのか俺の手をすり抜けキョウタの膝に乗った。

「流れ星をください、かぁ」

キョウタはその言葉を最後に黙り込んだ。リリを撫でながら珍しく考え込んでいるようだった。
久しぶりに静かな部屋はなんだか俺達にはもう不釣り合いに感じる。

「―――…流れ星ってのが、何かの比喩だったら…」

俺は脳裏によぎったままの言葉を独り言のようにポツリと呟く。

「…?なんて?」
「流れ星そのものじゃなくて、比喩だったら―――願いが叶う何か…じゃないのか」

ただ思い付いた事を言っただけだった割には好反応が返ってきた。

「じゃあ願いを叶えればいいんだ!」
「いや、お客の願いはあくまでも“流れ星を捜す”ことだろ」
「あ、そっか」

そこでしょげるのかと思いきやキョウタは、でもさ、と楽しげに続けた。

「だったら他のモノかもね。彗星だっておっきな流れ星に見えるし」
「言い方だって変えられる。流星、shooting star…関連性から見れば星座とかも……」

黙っていたキョウタもリリを撫でる手を止め話に加わる。
そんな風に延々『流れ星議論』が続いて、結局は知らない間にみんな眠っていた。





にゃおん

と、いう声と共に腕に痛みが走る。

「ってぇ!!な、何だ?!」

急に起きた頭では状況理解不能だった。
落ち着いて見れば、すぐ側にリリ。腕に小さな傷。コイツ、爪立てやがったな…。
立ち上がって気付いたけれど、俺は椅子で寝ていたようだ。肩やら腰やら膝やら腕やら朝っぱらから痛い所だらけ。

「おはよーコヒメ」

キョウタは先に起きていた。大方リリに俺を起こせとか言ったんだろう。

「…今日の仕事は?」
「ラッキーな事に1つだけ!しかも運び屋だよー」
「俺運び屋に良い思い出ねぇからラッキーじゃない…」

朝っぱらから大運動会はもう二度と御免だ。

「だーいじょうぶだって、今度のはあんなに追いかけらんないから!」
「ホントかよ?」
「本当だよ」

今回だけ、と思って信じた俺が馬鹿だった。多分、神様とやらは俺を嘲笑うのが好きなんだ。





どうしたらこうなるのか、そんな事を問い出したらキリがない。でも諦めは付かないワケで。

「くぉらキョウタァ!!」
「なに〜?」
「何で追われてんだ!?」
「コレが欲しいんじゃない?あげないけどね」

俺とキョウタの手には1つずつアタッシュケース(中身不明)があって、後ろからは4人の、間違っても友達になった覚えのない方々が追ってくる。

「今回追っ手はいないんじゃなかったのか!!」
「言ったじゃん“あんなに追いかけらんない”ってさ。14人もいないでしょ〜」
「――っお前…一遍死んで蘇ってもう一回俺に殺されろ!!!」

入り組んだ裏路地に声が響く。こんな叫びすら家々が跳ね返してくる。

「大丈夫、今日の人たち銃持ってないっぽいから」
「何を根拠に?!」
「こんな狭い道にいんのに撃ってこないじゃん!良いから走った走った!」

そう言いながらキョウタいつかのようにくるりと後ろを向き、空いている手に小銃を構えた。
1回目の、耳をつんざく大きな音で追っ手の足音が遠退いて。
2回目の乾いた破裂音で足音が減った。

目の前の更に細い道を曲がったときには、既に後ろから迫る音すらなかった。追っ手がいない。

「…なんで、追って、こない?」
「ビビったんでしょ。僕だけでも2丁銃持ってることを教えてあげたから」

走る速度を変えないままキョウタは前を向く。愛用銃を握っていたのは右手。
左手にはアタッシュケース。さっき立て続けに聞こえた音は2種類の銃声。

「お前…今、どうやって、銃…」
「ん、銃が何?」

走りながらでは相変わらず息が切れて上手く話せない。でも知りたい。
ある意味俺の悪い癖なのだが、気になって仕方がないことは何が何でも知りたくなるのだ。

「どうやって、持ち替えた!?」
「あぁさっきの?こうやっただけだよ」

そう言ってポケットの近くを一瞬だけ、下から上に手が通り過ぎた。手を突っ込んだ訳ではないのに、その手には小銃が握られていた。

「……マジックショーかっつうの!」
「マジックついでに宙に浮かしてあげようか」

キョウタが小銃を離す。すると5cmくらい落ちて止まった。

「テグス…か?」
「うん、小指に引っ掛けてんの。やっすいタネでしょ」
「そんだけ、出来りゃ、価値あるだろ」
「お褒めの言葉光栄で〜す」

昔もキョウタの器用さに驚いた記憶がある。小細工や罠なんかはお手のものだった。それは今もしっかりご健在、と。

「本当に、すげーよお前!」
「僕、昔っから射撃系は得意だったからね♪」

幼い頃の記憶が蘇ってくる。誕生日にもらったガスガン。
俺がいくらやっても当てられなかった空き缶を、アイツは1発でいとも簡単に倒してみせた。

「ゲーセンのシューティング破りやったこともあったっけ」
「1位の、レコード全部、俺らのに、してな」
「そーいやイタズラにも使ってたよね!水鉄砲とかさ」
「そうだ、お前のせい…で………」

回想と共に頭の中で回路が突如として繋がる。

「どうしたのコヒメ、何で止まるの?疲れちゃった?」

立ち止まった俺をキョウタが覗き込む。駆け寄ってきたその足も止まった。

「これの届け先は?!」

中身不明のアタッシュケースを突き付けて訊く。息が苦しいのも構わず大声を出したら、ちょっと死にそう。

「言ってなかったっけ?ゾディアックって会社」
「それって、お前…!」
「知ってるよ。裏で何やってるか分かんないので有名なとこでしょ」


…今頭の中で渦巻いていることは俺の考えすぎであって欲しい。

 

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