さっきまで走り抜けていた道は瓦礫の山と化し、未だに建物の合間から土煙が上がっている。
追跡者の皆様ご愁傷様です。なんだかまだ耳が痛い。今更ながら怒りが湧き上がる。
「…おいコラァァ!!!俺らが、巻き込まれたら、どーすんだよ!?」
「心配ご無用!じゃじゃーん」
若干息が切れてきた俺に向かって、キョウタは無駄に大きく振り向き、服のポケットから手のひらサイズの装置を出す。
「起爆スイッチー!コレがあればいつでも好きな時に爆破できる〜」
「お前のポケットは四次元か!!」
後ろ走りのまま高々と起爆スイッチを掲げている未来型ロボットもどきに大声でツッコんだ。途端に息切れも酷くなる。
「大丈夫ー?」
「てか、なんでまだ、走ってん、だ」
「早く仕事終わらしたいから」
悪びれもしない態度に更なる怒りがこみ上げるが、体力の差的に当たることも出来ない。無理矢理立ち止まってやった。
「や…休ませろ…!!」
「なんだぁーだらしないなぁ」
「うっせえ!」
座り込んだらトランクを取り上げられた。何事かと目線で訴えると、しゃがみ込んでアメを渡された。
「コレ食べて大人しく待ってるといいよ。引き渡し場所すぐそこだから行ってくるね」
荷物片手に立ち上がってすぐさま走り出したキョウタの背中を見送る。アメは口に放り込んで噛み砕く。
まさか追っ手が来るんじゃないかとヒヤヒヤしたが、要らない心配だった。
「報酬もらったし今日のお勤め終わり!お疲れでしたっ」
暇を持て余しだした頃、キョウタはトランクの代わりに紙袋を片手に帰ってきた。
どうやら紙袋に報酬が入っているらしい。やたら嬉しそうだ。
「どうせなら俺を労え」
「んじゃこれあげる」
紙袋の中から何かを投げて寄越す。またしても俺は反射神経の良さを憎む。受け取ったのは、冷たい金属。
「おい…これ」
「持ってるのとダブるから貰って!」
小振りのハンドガンが手の上で怪しく光を反射する。本日2度目の驚愕。
「さっきから危ねぇよ!!!返す!」
「返品不可ー」
「こんなもんどうすりゃいいんだ?!何に使えるっての!!?」
俺は銃マニアなわけでもないし、どちらかと言えば平和に暮らしていたい。使い道が無い物は貰っても嬉しくない、と言おうとしたのに。
「ならまた一緒に仕事しよう!僕、何でも屋やってるから銃使うかも!!やったね使い道発見!」
かなり迷惑な提案をされてしまった…!何よりそういう問題でもないし!どうしてコイツは笑顔で俺を非日常に引きずり回す?!
こっちは一般市民として生きようと努力してんのに!
「いいじゃん、どーせ特にやることも無いっしょ?」
「お前は俺の人生を何だと思っとんだ!!」
「人生、ねぇ…」
そんなに深い意味で言ったつもりではなかったワードにキョウタは反応した。
顔は同じ笑顔で飾られていたけれど――
「偉そうに。バカ言わないでよ。他人の作った運命にタダ乗りしてるだけのくせに」
声だけが冷たい響きを含んでいた。
「お…俺は、普通にしてるだけだ」
「何を基準にして言ってるの?ねぇそれって楽しい?」
「楽しい楽しくないの話じゃねぇ。一般人として生きていきたいだけなんだよ」
「違う、そんなの生きてるって言えない」
いつしか蔑むような怒りの視線が突き刺さる。
反論したいのに言葉が出て行かない。目を地面に反らしてもそれは同じだった。
「…おれは」
俺はいつからこんな風になっていた?
何の為に、毎日どんな事を思って生きてきた?
…思い出せない。思い出したくないのは…何故だろう。沈黙と氷点下の視線が痛い。
「……何があったか知んないけどさ、コヒメの好きにやったらいいんだよ」
柔らかい音に、顔を上げたらキョウタはまた笑っていた。
「そんなん…何の意味が」
「意味なんて後付けで問題なっしんぐ!」
「………」
「ま、とにかく明日から僕の相棒になってもらうから」
「はぁ?!」
「決定事項きゃんのっと変更!!」
重苦しい空気を吹き飛ばすようにはしゃぎ出す。
本人は何も考えていないかもしれないが、雰囲気がガラッと変わったおかげで話のやり取りが続くようになった。
路地裏で2人で座り込んで、それから暫くどうでもいい会話を繰り返した。
気がつくと日が暮れて辺りが大分暗くなってきていた。
「結構暗くなったな」
「そーだね…もうそろそろ帰ろっか」
言いながら、両手を掴んで立たされる。左手だけを離すとそのまま走りだした。
唐突な行動に俺も引っ張られるままに走るしかない。本日3度目のびっくり。
「なっなにしてんだお前ぇ!!」
「相棒は一緒の所に帰らなきゃいけないよ!」
「ちょ?!コラ俺の意見は」
「きっこえませ〜ん♪」
「だぁあぁこのばかやろぅ!!」
こんな状態でも『家路につく』と言うのかは定かではないが、久々に騒がしい帰り道となった。大通りを駆け抜ける。
コイツが好き勝手するなら、どうせなら俺だってやらなきゃ損な気がして。周りも気にせず声を張り上げた。
「キョウタ!!」
「なに?」
「銃ならオートマよりもリボルバー式の方がいい!」
街の人達が何人か俺らを目で追うのを横目に2人で笑った。
「明日の報酬であげるから今日は勘弁!!」
顔だけ俺の方を向けたアイツは今日一番楽しそうで、嬉しそうな笑顔だった。