邂逅(かいこう)
ふと思い出した。あれはそう、少し前…いや結構前…あぁ…何年か前だっただろうか?――朝だったことは間違いない。コンテストに出る新人を鍛えようと早くに起きて駅へ向かった日。
予想以上に早く駅に着いてしまい、相棒と共にホームで電車を待っていた。相棒はベンチでうとうとしている。私は眠る気にもなれないので、この時間をどうしようかと周りを見渡し驚いた。自分の隣にいつの間にか一羽の赤い目の小さなカラスがちょこんと並んでいるではないか。彼は頻りに線路を覗き込んでいる。そのうちに彼は私の隣を離れ、ホーム沿いを歩き回ってはまた線路の中を覗いていた。あまりに不思議だったので私は彼に声をかけた。
「赤目の紳士よ、何をしておいでかな?」
すると彼は目を丸くして私を見、そして答えた。
「落とし物を探しに」
「落とし物?木の実だったら代わりを差し上げよう」
「いいえ、私の小さな友人がここに落とし物をして。それが見つからないと言って泣くものですから」
困った顔でそう言うと彼は線路の中に飛び降りた。石をくちばしで器用によけながら隙間を覗いたり、避難用の空間に潜り込んだりして必死に探している。あまりに大変そうなので、手伝いましょうかと訊ねたところ「あなたの手を借りるまでもない」と彼は笑った。
「なら何を落としたのか教えていただけませんか」
「モモン色のリボンです。コンテストの。初めて取ったと喜んでいたのに、駅の中をいくら探しても見つからなくて」
私の問いに線路の中から声だけ返ってきた。なるほど、ホームを全て探し回っても見つからなかったから線路までも引っ掻き回しているわけだ。
見かねて私はそっとその場を離れベンチに向かった。そしてカバンに入ったリボンの中から初級のものを外し、隣のベンチの背もたれ裏に挟んでから元の場所に戻る。線路内を覗くと彼は、さっきの位置とさほど離れていない所を捜索していた。
「そういえば先程ベンチの背もたれに何か挟まっていたのを見かけましたよ」
独り言のように言うと彼が線路からぴょんと飛び上がり私の隣へ降り立った。そこから急いでトコトコと小走りに駆けて行く後ろ姿が可愛らしくて私は笑いそうになるのをこらえながら視線を外した。彼は上手く騙されてくれるだろうかとドキドキしながら彼の反応を待った。
「ありました!あぁ良かった、これであの子も笑ってくれる」
くちばしで器用にリボンをくわえた彼は赤い目を嬉しそうに細めていた。私の顔を見ると少し申し訳なさそうな表情にかわったので何か言われる前に、早く届けてあげなさいと少々強引に言いくるめた。彼は頭を下げるとコンクリートを強く蹴り、空に飛び立っていった。
そんなことを思い出したのには理由がある。今丁度テレビでコンテストを見ているのだが、画面にはあの赤目の紳士が映っているのだ。モモン色の真新しいリボンを誇らしげに胸に付けた彼や会場の熱い高揚感が液晶越しに染み渡る。とうに現役を退いた身ではあるがあの瞬間の空気は今尚忘れずにいる。じっと画面を見つめていると隣のソファーに相棒が座ったのでそちらに視線を移した。
『どうだ今年の可愛さ部門ハイパーランクの一席は?』
相棒は私の顔を覗き込んで訊ねてきた。彼は素晴らしいよ、と答えればそうかそうかと相棒も満足げに笑った。
『今年のヤツには、目のお高い五年前の王者エネコロロ様も納得なワケだ』
相棒は私の頭を撫でながらテレビに目を移した。私が画面に視線を戻すと、赤目の彼と彼の相棒であろう少女が観客に手を振っていた。次にはマスターランクが始まっているところだった。
『来年そこにいるのは俺とコイツだから、お前もついて来てくれよな!』
今年は予選落ちだったからなぁ…と相棒が足元を見ると新人の若いエネコロロが耳を垂れて居心地悪そうにしていた。この新人、筋は悪くないのだが如何せん小心者でここぞというときに押し弱いのである。それはさておき。
来年新人はハイパーランク、赤目の紳士はマスターランクの頂点に立つ事を目標にするのであれば、あの会場でまた会えるかもしれない。来年が待ち遠しい。私は棚の上に並ぶリボンケースの中で、1つだけ空きの出来た自分のケースに願を掛けた。
願わくば再会の時は互いに祝辞を送りあえん事を―――。