言葉をいくら並べても 伝わらない気持ちが多すぎて 何故?なんて聞くだけ無駄 《空飛ぶ想い》 僕は今日もビルの屋上で空を眺めている。勿論飛び降りるためなんかではない。この屋上は、あくまでも一般人な僕の“現実逃避の城”なのだ。フェンスの向こうの風景は枯れ木に緑が蘇って彩りを放つ。世間的に言えば、恋の季節ってヤツだろう。 好きな人、それがlikeではなくloveだと途端に複雑で面倒になる。しかもそれは居ても居なくても多くの人の悩みのタネになる。傷付いて傷付けて、泣いて笑って、つくづく忙しくて厄介だ。そうは思っても僕だって例外でなく、彼女はいないけど好きな子はいる。 今日の現実逃避の題材は“恋”、これで行こう。 と思った矢先。 『よぉ、来てやったぜ』 隣から誰かの声がした。目線だけ横を向けると僕よりいくつか年上に見える青年がいた。ちなみにこの人、間違いなく友達になった覚えの無い人。つまり知らない人である。 「呼んでないですよ。あと、どなたですか?お名前は?」 『さぁ?誰かは俺のことヒトクとかアタゴって呼んでたな』 ヒトクさんもアタゴさんも僕の知り合いにはいない。誰だろう。それよりせっかく題材を決めたのに横槍が入ってしまった。こんな状況で恋について考えを巡らすことなんて出来るだろうか… 『どうしたよ少年、悩み事か?』 「恋について悩もうかと思ってたところであなたに邪魔されました」 『おぉそりゃ丁度いい!話聞かせてもらおうじゃねーの』 ちっともよくない、と反論しようとしたが懐っこい笑顔を向けられ、言う気が失せてしまった。 なんだかよく分からない事態になってきた。なんで知らない人に自分の恋について語らねばならないのか。…でもまぁ現実逃避には持って来いというところか。 「えーとですね、好きな子がいるんです」 『ほー』 「でもどうしたらいいか分からないというか、僕には高嶺の花というか」 『それで?』 「…それだけです」 『なんだそりゃ』 今日初めて会ったこの人(仮にヒトクさんと定義することにしておこう)は呆れた顔で僕に向き直った。僕は目線をフェンスの向こうのまばらに咲き出した桜並木に移した。 「そもそもなんで恋をするんですかね…?」 『生きてるからだろ』 僕の問いにヒトクさんは間を置かずに答えた。 『おい少年、タカナだかタカネだか知らねーけどよ、花が欲しけりゃお前が飛ぶしかねぇんだ』 「それは…そうなんでしょうけど――そんな簡単にいきませんって」 彼の言うことは分かる。正論だとも思う。なのに僕はふてくされたような声しか出せなかった。 『そんなこたぁなんか行動してから言え。まだ分かんねーだろが』 「…どうせ叶わぬ想いです。緊張して話しかけることだって出来ないのに」 『あのなぁ…』 とうとう痺れを切らしたようで、ヒトクさんは僕の視界の真ん中にズイッと入ってきた。びっくりして何も言えず突っ立っていたらさっきと同じ懐っこい笑顔を向けられた。 『お前その子見たらドキドキしねぇか?』 「…するに決まってるでしょ。だから緊張するんです」 『それなんだよ!いいか、恋したときのドキドキってのはな、体が戦う準備を始めてる証拠なんだぜ』 「戦い?何の?」 『ライバルと戦う準備なんだとよ。つまりだ、体の方はとうに腹括ってるワケ。あとはお前の気持ちだけってこった!』 そう言うとヒトクさんは僕の背を叩いた。ちょっと痛い。と同時に頭と体も随分と食い違ってるものだと思った。 「でも言葉じゃ伝わらないと思います。想いに吊り合う言葉なんか、見付からないですよ」 今度は僕から食ってかかってみた。ヒトクさんは少しも戸惑う様子もなく答える。 『だからって黙ってんのか?そんなんで伝わるコトなんかあるか。足りねぇと思ったら数連ねろよ』 「いくら言葉を詰め込んでも足りなかったらどうするんです?」 『ありったけ集めんだよ!“少ししか伝わらないから”じゃなくて“少しでも伝わるように”だ!!』 お前の考え方は暗いだのなんだの僕への不満を呟きながら、彼はフェンスに近付いていった。目線から推測するに、あの桜並木を眺めているようだ。 『森の中で緑の服着た奴が目立つには喚くしかねぇだろ』 「僕なら赤い服に着替えます」 『それ反則!!』 思わず吹き出せば同じタイミングで彼も笑っていた。なんだか勇気とか希望みたいな何かが手に触れたような気分だった。 「まぁ…それだけ言われたんだから、ちょっとだけ喚いてみます」 『善は急げだ。気が変わらないうちに行ってこい』 「何言ってんですか、そんなの明日しか無理ですよ」 苦笑いと共に桜並木に目を移すと、そこに梅の木が一緒に並んでいるのに気が付いた。もしかしたら彼はさっきあれを見ていたのかもしれない。 「―――あの……ってあれ…?」 再びヒトクさんのいたところに目をやったが、彼の姿はなかった。振り向いても見上げてもどこにもいない。突然現れて突然消えるとは…忙しい人だ。しょうがない、明日頑張ることにして今日はとっとと帰ることにしよう。 あっという間に日が変わり放課後、ヒトクさんとの約束(というより誓いというべきだろうか)を守るべく高嶺の花に話しかけることにした。覚悟を決めたはいいが、話題が見つからないのでこっそり後ろから様子をうかがって身辺調査。…そこ、怪しいとか言わない。 「ねぇ何してるの?」 肩が跳ね上がる。彼女がこちらを不思議そうに見ていた。驚愕と恥ずかしさで心臓が一気に速度を上げる。今までの挙動不審っぷりを見られたらしい。最悪だ。ここはなんとか弁解しなければ。 「今、読んでる本、面白そうだなって…思って」 彼女の持っている本を指差してしどろもどろ言えば、彼女は一瞬きょとんとしてから微笑んだ。 「あなたも鳥好きなんだ」 「あ、うん、まぁ、ね」 本の題名は彼女の手に隠れて見えないがどうやら鳥に関しての本のようだ。私も鳥大好きなんだ、と彼女が笑った。 「あなたは何が一番好きなの?」 「僕?僕は…ツバメかな。君は?」 「私はウグイスが一番好き」 「ああ…最近、よく鳴いてるよね」 どうにかこうにか言葉を繋げて会話を成り立たせる。完全なる見切り発車だ。何を話したらいいのか分からない。とにかく彼女の話に相づちを打つ。さっきから心臓の音が煩い。顔赤くなってないだろうか。ああもうどうしよう 「知ってる?ウグイスってたくさん別名があるの」 「そ、そうなんだ…例えば?」 「えっと、春告げ鳥とか歌詠み鳥とか花見鳥や百千鳥、それと人来鳥に愛宕鳥」 「―――人来(ヒトク)、愛宕(アタゴ)?」 それは聞いたことのある響き。ふと思い出した昨日の“何か”が僕の落ち着きを取り戻してくれた。 「その名前いいよね、私も気に入ってるの。近所で鳴いてるウグイスをそう呼んでるんだ。鳴き方が下手な子がヒトク、上手い子がアタゴ」 「…それ、どっちも同じヤツかもよ」 「え?」 彼の言うことは確かだったみたいだ。喚いてみれば良いこともある――いや、幸運を掴むためには喚かなければいけないのか。精々彼に負けないように、目一杯愛を詠おう。いつか腰の重たい僕の想いも空を飛ぶはず。 言葉を幾つか並べたら 伝わる気持ちがあるはずだから どれだけ?なんて分かる訳もない |