あっさりとこってり
どちらが好みかって?

じゃ、あっさりにしとこうか




 しばしの間紅帽子の男は隠しているようで隠していない、微妙な警戒心を帝釈天に向けていたが、
虎秘と暁蛇の尾鰭背鰭がついた話を聞き、一応納得したのか、眸が合った瞬間威圧をかけてくるような事はなくなった。


「次元移動……次元な」


暁蛇は勝手にだが、虎秘と帝釈天が紅帽子の男に進められて丸い机の席に座る。
その際替わりに、本当にそんなもんあるのかよ、とやはり納得しかねる所があるのか、訝し気な視線が向けられたが、
たとえ変人と思われようが、数分前の視線に比べたら断然ましなそれに素直に頷いておいた。


「で。ハクスイを元の世界へ帰すのが僕らの仕事何だけど、何かいい案とか思い付かない?」


暁蛇が相変わらずのーんびりとした声で紅帽子の男に問う。
紅帽子の男は暁蛇が直も頬張っている菓子にちらりと視線を向け、手がついていない茶だけ手に取るとそれを近くにある盆に乗せ出した。
盆が用意されていた所を見ると、どうも客の接待をした後のようだったが、前だったら今頃紅帽子の男が暁蛇にどんな視線を向けていたのか、想像がついて帝釈天は頬を引き攣らせた。


「専門外の話だ。俺には想像もつかないな」


茶を持って奥へ消えながら答える紅帽子。
かちゃかちゃと食器の擦れる音がするため、湯飲みを洗っているようだが、ふと想像した紅帽子の男が食器洗いをする姿が似合わな過ぎて、帝釈天はまたも頬を引き攣らせた。
程なくして先程の湯飲みではなく、薄い黄色の液体が入った夜光杯を三つ盆に乗せて紅帽子の男が現れる。


「渋い緑茶より、こっちの方が好みだろ」


にやりと口角を引き上げながら夜光杯が虎秘、暁蛇、帝釈天の前に順に置かれる。暁蛇が夜光杯を素早く掴むと、薄い黄色の液体を直ぐさま喉に流し込んだ。


「おいしー!!何これ、レモン水??でもちょっと違うような…」

「当店の特別メニューです。材料はご自由にご想像下さい」


恭しく頭を垂れ右手を胸にあてる姿はいかにも紳士的だが、元を知っているため遠い目でその姿を見る事しか出来ない。
紅帽子の男は顔を上げると、再びにやりと笑った。


「なんてな。レモン水に■■を加えただけだ。俺の特製である事に変わりはないがな」

「へぇ■■か。けっこう行けるかも。今度試してみよう」


■■と言う調味料に聞き覚えはないが、檸檬(レモン)は嫌いでないため帝釈天は暁蛇に続いて、薄い黄色の液体を喉に流し込んだ。
檸檬の酸味に混ざって甘く、時折ほろ苦い味が口いっぱいに広がる。

素直に美味しいと感じた
その刹那


「―――――っ!?」


ぐにゃりと視界が歪み一転する。重量が消えさり、再び慣れた浮遊感に身体が包まれる。


『帝釈天様』


酷く聞き慣れた声が脳内に直接響くと同時に、帝釈天の意識は途絶えた。












 ぱかりと目を開ける。背に心地良い布団の感触と、見上げた天井の模様で今己がどこにいるかを知る。
くすんだ壁のある人気のない道でなければ、茶と菓子のある妙な店でもない。ここは帝釈天の寝室だ。


「お目覚めになられましたか?」


すぐ隣で響く聞き慣れた声。


「―――持国天」

「いつまで寝ておられるのですか…早く起きて下さいませ」

「は?」


不機嫌そうに持国天の口から出た言葉に帝釈天は間抜けな声を上げる。
すると持国天は、それが主に対する態度かと問いたい程に、隠しもせず盛大にため息をついた。


「今何時だとお思いで?蛇三ツ時ですよ」


言って持国天が立ち上がる。そのまま直も呆けたままの帝釈天を置いて、一礼と共に部屋を出て行ってしまった。
一人残された帝釈天は混乱を始めた頭を抱えながら頬を引き攣らせる。


「全部夢だったて言うのか?」


だとしたらどれ程現実味があってなき夢なのか。

確かに名前も顔も覚えている

でも壁を叩いて次元移動

紅帽子の男が撃った弾からあがる煙は熱かった

でも檸檬水もどきを飲んで次元移動

馬鹿みたいに現実味がありそうでない体験。夢のようで夢とは到底思えない記憶。しかし


「俺は最初、どこの次元へ行きたくてあの次元へ迷い込んだんだ……?」


次元移動をした際、本来繋がっていない筈の道が繋がり別の世界へ行き着いてしまう。

それは次元移動をすることが前提であって、それ以外では起こり得ない。さらに行きたい次元があることが大前提である。


「戯れ夢―――か」


失笑しながら呟いて、帝釈天は臥榻(ガトウ)から身体を引きずり出したのだった。




琥緑ノ眸 完


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