薄暗い部屋の中でドロドロと感情が煮詰まるように濃くなっていく。
これはイライラする、などと生易しいものではない。思い通りにならないモノがこれほどまで苛立たしいとは。
コヒメとキョウタ…彼らが何を考えているのか理解できない。勿論理解するつもりもないのだが。
「今日はやたら苛立ってるな、ホン。てかなんで電気付けない?」
会議室に響く声。見れば何時の間に来たのか、扉から顔を覗かせる1人の男。
部屋に入ると同時に電気を点けた。なんとなく雰囲気を壊された気分だ。
「カプリコーン、なれなれしい呼びかたしないでください」
「いいじゃないか。堅いこと言うなよホンシーズさんよ」
ぼくの咎めを全く気にしないで笑うこの男、カプリコーンは組織の中では上位に位置する。
いわゆる幹部といったところだ。黒のスーツを纏い、リングのピアスを両耳にいくつかあけたその姿はらしく見えるが、
それにそぐわない少々残念な性格をしている。近付いてきて肩を回そうとしてきたのでその手を軽く叩いて払いのけた。
「それにとびらがしまっている会議室に入るときはノックしろとなんど言えばりかいするのですか」
「怒るな怒るな。次からそうするさ」
「ではおききします、あなたの“つぎ”はいつ来るのです?」
「おーおーそんな怖い顔するな男前が台無しだ」
睨むぼくを見ても態度を一切変えないカプリコーンにはほとほと呆れる。
悲しいことにこの男に慣れてしまった結果の反応だ。そんなことより。
「さて…会議のじかんもちかいのにあなたしか来ないとは…よもすえです」
「慌てるない、まだ20分前だぞ」
「のんきなものですね。しょせんよせあつめですか」
「言うね、寄せ集めた張本人のくせに」
「…あなたはその口をとじればもうすこし有能でしょうに」
最早溜め息を吐くのも勿体無い。
部屋の一番奥の椅子に着きながら、未だ他愛もない事を喋り続けるあの口に
付ける鍵がないだろうかと考えていたが扉を叩く音で思考を中断させた。
「入りなさい」
『[失礼します]』
「失礼致します」
「…」
部屋に入ってきたのは2人同時に声を揃えて入ってくる青年達、それに続く女、無言の大男の合わせて4人。
「なんだ集合早かったなお前ら」
『[ヤギの方が早いじゃん]』
「ヤギって呼ぶなバカ双子共!!」
『[双子っていうなボンクラヤギ!]』
カプリコーンと口論を始める青年達は外見が酷似していて見分けがつかないが、
それぞれ違う色の手錠をしている。片方は銀色、もう片方は銅色。
「カプリコーン、ジェミナイ止めなさいホンシーズ様の御前よ」
『[あ?]』
「あーはいはい分かってるよ…ったくヴィーゴ様々だ」
くだらない口論に割って入ったのは長い黒髪の女、ヴィーゴ。
彼女は盲目的なぼくの信者と言えよう。カプリコーンと一緒にしておくとあいつが多少静かになるので重宝している。
『今のはオレが呼ばれたんだ』
[違うね、おれだ]
『黙ってろボケナス!』
[おまえこそ黙れこのモヤシ野郎!]
『引っ込めカボチャ!』
[うるせぇ大根!]
『タマネギ!!』
[人参!!]
『ジャガイモ!!!』
[胡瓜!!!]
青年達は2人で1つの「ジェミナイ」という名前を背負うのだが、お互い存在が気に入らないようでいつもこの調子だ。
放っておくと殺し合いにまで発展するので手錠で抑えている。
「また始まった…つか途中から連想ゲームになってないか?」
『[うっせえヤギ!!!]』
「お前ら!!あとでシメる!!!!」
「いい加減になさい、これからホンシーズ様がお話しなさるなのよ。迷惑です」
「……」
そのなかで一向に喋りもない大男タウラスは、常に馬の被り物をしたままだ。
今日もその姿で席に着いた。謎めいているが使える男なのでまぁ良しとする。
とは言えこれほどまで馬鹿馬鹿しい言い合いを何時までも聞いているような暇はない。
「だまりなさい。いつまで低俗なことをしているのです」
馬鹿馬鹿しさで薄れかけていたさっきの形容し難い感情が逆流を始める。
その勢いで目の前の長机を叩く。鈍く揺れる机とその上の書類以外が動きを止めた。
「何のためにあつめたかわからないのですか?…やはりよせあつめなりに、せいかくも重視するべきでしたね」
薄く笑いながら言うと完全に部屋が静寂を取り戻した。ジェミナイもやっと席に座り大人しくなる。
ここまでしないと静かにならないとは…今更ながらこいつらを呼び出すと疲れる。
また騒ぎ出さないうちに本題に入ることにした。
「あなたがたにやっていただきたいことがあります」
「珍しいね、俺も現場に出ていいのかい?」
「えぇ」
「……」
「今回は何をご所望です?」
「――かれを」
机の上に写真を出す。そこに写っているのは、長めの茶髪を後ろで一つに括った目の細い少年。
全員口をつぐんで次の言葉を待つように写真を凝視している。
「かれをあの席へ、しょうたいしたいと思います」
向かい側の壁に飾られた12個の紋章のうち左から9個目を指差す。
皆つられて指す方を見た。金属細工で出来たそれは無機質に蛍光灯の光を反射させていた。
「なんとしてもかれをゾディアックへ」
「貴方のお心のままに」
『邪魔が入ったら?』
[バラしていいのか?]
「かまいません」
『[よっしゃ!!]』
「……」
「面白い、久々にいろいろ動いてみようじゃないか」
「概要はりかいしたでしょう。では本日はこれにてかいさんです」
僕が立ち上がったのを合図に皆バラバラと席を離れた。
扉が抜ける程の勢いでジェミナイが嬉々として部屋から出て行く。
最後まで無言だったタウラスが後に続いていき、ヴィーゴはわざわざ僕の前まで来て跪いてから会議室を後にした。
カプリコーンだけは座ったまま写真を見ていた。
「あなたは行かないのですか」
「なに、あの席が埋まるなんて久々だろう?どんな奴か目に焼き付けておこうと思ってね」
「ぼくはしばらくその件からはなれますので。まかせましたよ」
僕はそれだけ伝えて部屋を出た。カプリコーンにこれ以上捕まっていたら疲れるなんてものではない。
早く逃げようと思い立ち上がる。
「あんたは何処行くんだホンさんよーぉ」
逃げられなかった。黙ったら死ぬのかと思うほど口を閉じていない男である。
無視しようと思ったが、あとで絡まれても面倒だ。溜め息代わりに返事を吐き捨てた。
「…無断でうごいた、せっかちなごくつぶし共をたたき直してきます」
部屋の中からまだ聞こえてくる声を後目に会議室を通り過ぎた。
十二騒動目→